東の白檀 西の薔薇

頭痛持ちによる記憶と香りのむすびつき

ディプティック「ドソン EDP」: 梨木香歩『f植物園の巣穴』

ずっとずっと欲しかったドソンEDP。

トップのジャスミンと、とろりとしたチュベローズ(ディプティックのスタッフはこれみよがしに「テュベルーズ」といい直してくる。そんなこと言うたらオーローズの"ローズ"なんてフランス語では「っカーズ」に近い発音でしょうRの音なんてうがいみたいな音だぞいい加減にせえよと思う)の香りが次々に花開く。


このもったりとした重みのある"テュベルーズ"の香りは他のメゾンではなかなか出会えない。トップのジャスミンのほのかな青臭さとその後ろから香ってくるチュベローズ、和名 月下香の香り。
個人的にはふわっとまといやすく、花の香りのする風を表現したEDTよりも、こちらが肌になじむ。


一年以上買いあぐねていたドソンを手に入れたタイミングでたまたま読み始めたのが、梨木香歩の『f植物園の巣穴』(2009.朝日新聞出版社)である。


f植物園の園丁である主人公はある日、椋の木の"うろ"を発見する。
どうやらその"うろ"は穀物の神であるオオゲツヒメを祀ったものらしい。
前世が犬のため時々犬の姿になってしまう歯医者の奥方、ナマズの顔の神主、さまざまな植物と出会い、そして過去の記憶がモザイク模様のように"現在"に入り込んでくる。

主人公、佐田豊彦は木の"うろ"に落ちていたのである。
現代版、そして中年男性版、不思議の国のアリスのようだけれど、佐田豊彦が出会うのはもっともっと心の奥深くの、自分でさえ気づかなかった、自己欺瞞して変えてしまっていた、過去の記憶と現在。

読み終わって数日して、偶然ツイッターで「猿田彦珈琲」という文字を目にした。
さるたひこ…?さたとよひこ…?
となり検索したらやはり、猿田彦は佐田彦という神の別名だった。そして佐田彦はウカノミタマノカミの配神で…つまり稲荷に関連する神だった。
そう、佐田豊彦という主人公の名前はオオゲツヒメにつながっていた。
(こんなに滔々と語っても全く本編に関するネタバレは含みませんのでご安心ください)

自分のオタク気質ゆえに知っていた稲荷やウカノミタマノカミとの、点だった知識が読後に線になり、そして面になって…とゾクゾクする体験をした。
梨木香歩作品によくあることだけれど点と点の関連性を作中では示してくれない。
あまりに情報量が多い植物についてもそう。
こちら側の知識、教養が試されている……気づけなかったことがたくさんあるのだろう、何回でも読み直して、何回でも新しい発見をしていきたい。


月下香の漂う夜。月下香は主人公の亡くなった妻の好きだった花だ。

田豊彦は、妻の千代のことを、どこまで理解していたのだろうか。


ドソンをつけているといつでもあの不思議な夜に心を移すことができる。


いつも本の栞は香水を吹き付けたムエットを使っている。一冊読み終わるまでは香りがもつので、内容と結びついて記憶されることもある。

今回は、たまたま、本当にたまたま、ドソンを吹き付けたムエットを栞にしていたら作中に月下香が出てきて驚いた。
本も香水も、ベストなタイミングで買い、また、読み始めたのだとしみじみ思った。