東の白檀 西の薔薇

頭痛持ちによる記憶と香りのむすびつき

ディオール「グランバル」:生きるための香り

2016年、秋、新宿伊勢丹、1階フレグランスコーナーにて、私は生涯の伴侶を見つけた。

ディオールの高級フレグランスライン、 ラ コレクシオン プリヴェ (当時)のグランバルだ。

シンプルな円柱型のボトル、黒いキャップ、透明な薄いイエローの液体。
洗練されたその佇まいに何か心を惹かれた。


初めて肌にのせたときの感動は未だに新鮮なままだ。
ディオールのスタッフの方がプッシュすると、コストのかかっていることが感じられる細かい霧が肌をさっと濡らす。
その瞬間、全身を暖かいジャスミンの香りに包み込まれる。
泣きそうになった。というかちょっと泣いた。
まさか「いい匂い」という理由で泣く日が来るなんて思いもよらなかった。
それほど鮮烈な印象を私に与えたのだ。
こんなにも柔らかくて優しい香りなのに。



私の肌はアルコールに弱くメゾンによっては(ゲランなど)香水をプッシュしたところがヒリヒリしてしまうのだが、それが全くない。天然香料を謳うブランドでもないのに!

そしてプッシュした直後のツンとしたアルコール臭もしない。最初からフルスロットルで恍惚の香り。
どうなってるんだろう。


ジャスミンとイランイランの香りにうっとりとしながらも、思考はボトルや霧やアルコールのことに思いを巡らせてしまった。
だって香りが満点だから……ディティールに目がいってしまうの……。


大学に入ってすぐ、セルジュルタンスのアラニュイに出会った。
以降、ジャスミンの香りはずっと私のスタメンで、お気に入りで、精神を高揚させてくれたり、時には落ち着かせてくれたりと安定剤にもなる万能の花だった。


そんなジャスミンを、こんなに眩しく、キラキラと、朝日のように照らしてくれる香りに昇華させてくれるなんて…フランソワドゥマシー神(シン)を崇め奉りたい。


大舞踏会という名前の割に、香りには強い主張はない。
どちらかといえば優しく寄り添ってくれる香りだ。
ジャスミン大好きマンの私だから泣くほど感動したものの、いわゆる「万人ウケするフローラル」だと思う。

だけど、舞踏会のあとの、朝日が昇るその日の光の美しさまで、グランバルからは感じられる。
とにかく香りがきらきらしている。
ラメもスパンコールもジルスチュアートのコスメもカースト上位の女子もパーリーピーポーも得意でない私が愛せる唯一の「きらきら」だ。
その「きらきら」は気分を高揚させるどころか、落ち着かせてくれる。
舞踏会が朝にはおひらきになるように。
安寧な日常をもたらしてくれる。


辛い思い出と結びついても嫌だな…と思いつつ、仕事のストレスが強い時にこの香りをつけていく。
香りの大々的に認められる職場ではないけれど、私の嫌いなワード第1位「ザ・香水」第2位「いかにも香水という感じの」と、他人が受け取るような香りではないから特に気にせず纏っている。
香水に興味のない人にとっては「臭ければ香水をつけた人、いい匂いならばいい匂いの人」と認識されることを私は知っている……。


ふとしたときに香るグランバルは私に「大丈夫だよ」なんて言ってくれないが、


「ああああ〜〜〜〜!!私のウエストから質のいい香料のジャスミンの香りがするぅ〜〜!!(昇天)」


と思わせてくれる。
それだけで十分。
生きていける。


最も精神的に過酷だった時期に多用していたからグランバルをつけるとたまにその時期を思い出すけれど、この香りが過酷さまで緩和してくれる。
香りや苦しい思い出のディティールは消えても、「あの時いい匂いがしてた」という身体的な記憶はなかなか消えない。



ジャスミンがメインのグランバルが暖かい香りに感じられるのはおそらくイランイランの仕事っぷりが素晴らしいから。
同じフランソワドゥマシーのジャドールアブソリュはローズ、イランイラン、チュベローズ、ジャスミンというメインの香調から、数年前にイランイランを消した。
手持ちのものと比べてみてもそこまで大きな差が生まれないところが流石だけれどやはりイランイランが入っていると、途端に暖かみが増す気がする。南国の花の力だろうか。


様々な国の最高級の花を集めて作られたエッセンスの完成品である香水をまとえるという事実が、私の気持ちを豊かにさせる。


グランバルとともに、これからを生きていく。
大丈夫、まだもう少し、あと少し、と言いながら生きていく。